物心ついた時から豚に囲まれて育った私。生産農家としては小規模であった我が家は、肉類の輸入協定が緩和される度にあおりを受け、じいじ、ばあばが血相変えていたのを思い出す。
小中学校の頃は、友達同士で家業の話になるのが好きではなかった。当然、「え?2号の家って豚屋(養豚農家)なんだ?庭にいるの?」や「いーなー・・・豚食い放題じゃん」などと揶揄われたものである。
餌くれ、水やり、分娩など豚に関わる家業の手伝いも数知れず。果ては、高校卒業間近の長期休暇は、じいじと豚小屋の増築に約1か月を費やした事も思い出深い。実際、不思議と養豚が嫌だと本気で思った事は無く(周囲の目を気にしなければ)、廃業した今では懐かしさの方が圧倒的でもある。
会社員の家庭に生まれた友人・知人と会話をする際、鉄板なのは「去勢」の話。その道のプロは「金抜き」と表現する。「おい、2号!暇なら金抜き手伝ってくれ」の号令に従い、長靴を履き豚小屋に向かい、金属バケツ片手にじじばばの元へと赴くのである。
養豚を生業とするという事は、生産したぶーちゃんは当然食肉として出荷される事になります。ぶーちゃんじいじの家の場合は、仲買の人が来て屠殺場に連れて行かれるである。この時、強引に出荷トラックに乗せられるぶーちゃんは「ブヒー!ブヒー!」と声高らかに抵抗する。その光景を見た一般の方は、そこはかとなく切ない心情となる様子。ドナドナの豚バージョンである事は間違いない。
それがペットであれ家業であれ、生き物を飼っていればその生物と接する事でしか出来ない経験や感情を得る事があると思う。家畜の去勢などその最たるものだと思う。ペットであれば獣医師が整った設備の中で実施するその行為も、家畜となれば全く別の扱いと成らざるを得ない事も事実。
牛の去勢は、俗にいうパイプカットですが、豚の去勢は文字通り金抜きなのです。
この話をすると殆どの男性陣は、出荷の様子どころでないショックを受ける。
Aさん「え?金抜きって何?」
2号「んと・・・豚の去勢だね。キン〇マを取るの(笑)。雄豚は去勢しないと肉質が硬くなるから」
Aさん「マジか!麻酔とかして手術する感じ?」
2号「んにゃ、そのまま抜くの」
Aさん「想像つかないんだけど・・・」
2号「聞いたら後悔するかもだけどちゃんと聞いてね(笑)」
そうして、豚の去勢についての説明が始まるのである。
ぶーちゃんばあばの家では、金抜きはじいじが実施するので、その他のメンバーはそのサポートに回る事が多い。対象となる子豚を確保する事に始まり、去勢時に暴れないように押さえるなどの役割。流れとしては、まず雄の子豚を一匹ずつ小屋から取り出し、作業しやすいように押さえると、じいじが睾丸の入る袋をカミソリでスパッとカットして一つづつ精巣を取り出して化膿止めを塗る。そして、摘出された睾丸はすべてバケツに集められ処分される。
縫合を受ける事もなく、ヨードチンキを塗布されるだけの治療で小屋に戻された子豚は、2つのカミソリ痕をそのままに日常生活に放り込まれる形である。最近では抗生物質を注射される形に変化していたものの、基本的な対応は記憶に残る過去から変化はない。
子供の頃から見慣れた光景であったし、自身も金抜きメンバーとして処置に手を貸していた事もあり、笑い話として周囲の人間に語るのだが・・・
話を聞いた男性は、必ず何とも表現のしようもない表情になる。
出産から去勢、母豚との隔離や成長につれての小屋の移動等を経て出荷され、私達の食卓に豚肉がのぼる。今にして思えば、その一連の流れを知れただけでも良かったのかなと思う事がある。